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INNOCENT

 トロフィー工房のhirominです。

「まア政夫さんは何をしていたの。私びッくりして……まア綺麗な野菊、政夫さん、私に半分おくれッたら、私ほんとうに野菊が好き」

「僕はもとから野菊がだい好き。民さんも野菊が好き……」

「私なんでも野菊の生れ返りよ。野菊の花を見ると身振いの出るほど好(この)もしいの。どうしてこんなかと、自分でも思う位」

「民さんはそんなに野菊が好き……道理でどうやら民さんは野菊のような人だ」

伊藤左千夫著「野菊の墓」です。ある秋の日、民子ちゃんと政夫くんが、家の用事で綿摘みに出かけ、デートする場面ですね。夏目漱石も「何百編よんでもよろしい」と絶賛したというこの小説。わたしは中学生ぐらいのときに読んだきり、本当に久しぶりなんですけど、やっぱり、わたしも、こういうのが好きなんですね。まさに、INNOCENT LOVE. めちゃくちゃクサイし、赤面してしまうほど恥ずかしいんですけど、これが恋愛というものではないのですか、と思うのです。うちの息子や娘にはわからない世界です。

それにしても、どうして、こんなにもふたりの仲を反対する理由があったのでしょうか。民子ちゃんが、政夫くんより、二つ年上だからって、いくら百年前のお話でも、一つ年上の女房は金のわらじ……の粋ですよね。身分だって、いとこ同士でしょう。ざっと斜め読みしただけなんですけど、強いて言うなら、仲が良いこと、仲が良すぎることが、周囲のひとの反感をかっただけとしか、思えないんですね。

現代では、考えられないでしょう。いまは、恋愛が自由なことは言うまでもなく、どちらかというと、結婚だってのぞまない人、全然珍しくないのですから。いまの時代なら、民子ちゃんと政夫くんは、周囲の人から大いに祝福されて、結婚できましたね。

それと、携帯電話の大普及で、告白する値打ちが下がったことも、INNOCENT LOVEが消えつつある大きな要因ですよね。いよいよ政夫くんが学校へ行かなくてはならなくなり、ふたりが離れ離れになろうとするとき、政夫くんは民子ちゃんに手紙を渡します。

……朝からここへ這入ったきり、何をする気にもならない。外へ出る気にもならず、本を読む気にもならず、ただ繰返し繰返し民さんの事ばかり思って居る。民さんと一所に居れば神様に抱かれて雲にでも乗って居る様だ。僕はどうしてこんなになったんだろう。学問をせねばならない身だから、学校へは行くけれど、心では民さんと離れたくない。民さんは自分の年の多いのを気にしているらしいが、僕はそんなことは何とも思わない。僕は民さんの思うとおりになるつもりですから、民さんもそう思っていて下さい。明日は早く立ちます。冬期の休みには帰ってきて民さんに逢うのを楽しみにして居ります。

十月十六日     政夫

民子様

中学生のわたしは、ここを読みはじめると眼がしらが熱くなり、「民さんの思うとおり……」で、恥ずかしながら嗚咽したと記憶しております。恋愛ってこういうもんだよな。こんなふうに、一人のひとを愛し、一人のひとから愛される、こういう経験は、どんなに時代が移り変わろうと、ひととして、一生涯の宝物ですね。この手紙と、政夫君の写真を胸に抱いて、民子ちゃんは死んでしまうのですが、もっとも、「結婚の墓場」より、「野菊の墓」の方が幸せなのでは……なんていうこと思ったりするわたしも、INNOCENTではなくなったということでしょうか。

トロフィーのご用命は、トロフィー工房まで。

4 comments to INNOCENT

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